3DSとamiiboの唯一無二の魅力は何だろう? と考え続けていて、
思い至ったアレコレをまとめてみました。
◆3DSとamiiboの不思議な共通点
カリスマ的な経営者として知られていた、
元代表取締役社長・山内溥さんは
2つの画面をもったゲーム機、そして3D(立体視)機能に対して強いこだわりを持っていました。
なにか確信めいたものがあったのでしょう、
ことあるごとに「飛び出さへんのか?」とおっしゃっていたそうです。
過去の経験から3D商品をつくることに対して及び腰になっていた任天堂が、
ニンテンドー3DS販売へとこぎ着けることができたのは、
山内さんの粘り強い提言のおかげかもしれませんね。
※社長が訊く『ニンテンドー3DS』参照
3DSの普及とともに、手軽に3Dが楽しめる世界が広がっていきました。
それだけでもなかなか興味深い現象だったとは思いますが、
任天堂はもっとリッチな3Dが体験できるよう改善を続けます。
結果、画面サイズが大きく迫力が増した3DS LL、
裸眼立体視がぶれにくくより精巧な3Dが味わえるNew 3DS/New 3DS LL が投入されました。
せっかく3DSというゲーム機が生まれたのだから、
立体視が活きるようなゲーム(ゲーム機)を作り続けよう、という想いもあると思います。
でも、そういう表層的な理由だけでは説明できないような
任天堂の“執着”みたいなものも存在している気がしています。
私自身、3DSの立体視はとても気に入っています。
3Dの不思議な魅力について、のブログでも再三説明しようと試みてきていますが、
んーと、何か上手くいかないんですよね……。
本来ならば平面のはずのモニターから
ゲームのポリゴンが浮かび上がって見える。
脳が勘違いして見せている風景ではありますが、
ゲームの世界(モニターの向こう側)にあるものが
現実に入り込んでくる、そのことに奇妙な感動を覚えるわけです。
社長が訊くのなかで、糸井重里さんが「境界の曖昧さ」というキーワードを出して
上手に説明なさっていますが、
「現実世界と仮想空間が、ぐちゃぐちゃに混ざる感じ」がいつまでも新鮮な驚きをもたらしてくれるわけです。
さて、ここで軸足をamiiboに移したいと思います。
2015年5月8日(金) 決算説明会にて、
全世界合計のamiibo出荷数は、約1050万体に到達したという発表がありました。
「昨年末の時点で約570万体でしたので、年末商戦期を過ぎてからの伸びとしては、
非常に大きなものであると言えます。」という説明からも分かるとおり、
時期やシーズンの影響をあまり受けない、売れ行きが安定している商品だと言えるでしょう。
1050万体、という数字にはかなりのインパクトを感じざるを得ません。
コレクターや熱心なゲームファンだけではなく、
一般ユーザーにも広まっているからこそたたき出せた数字だと思います。
想像してみてください。
ゲームユーザーの生活空間に
任天堂のキャラクター(amiibo)が1050万体紛れ込んでいるわけですよね。
ゲームの世界(モニターの向こう側)にあるものが
現実に入り込んでくる、という現象をamiiboも引き起こしているのです。
amiiboはキャラが立体化したグッズである、
ゲーム以外の部分で追加料金を徴収するための手段である、
といった冷めた評価をくだす向きもあることでしょう。
実際、私もはじめからamiiboのポテンシャルに気がついていたわけではありませんでした。
昨年の12月6日にamiiboが初登場したときには
リンク・ゼルダ・ピーチ姫の3体しか購入していませんでしたし。
amiiboはロンチから種類が多かったですし、
飾る場所に困るという理由でフィギュアそのものに苦手意識を抱いていました。
amiiboを手に入れて、それから身近な場所に設置してみて、
やっと気がついた魅力がたくさんあって。
フィギュア系のamiiboを全部揃えだしたわけなんですよね。
ゲームのなかで見慣れていた存在が、
現実化しただけのはずなのに
新たな発見がたくさんあるのが不思議で。
平面で眺めていたときに見えていた“良さ”みたいなものが、
立体であらわれたときに異なった“良さ”として浮き上がってくる感じがあるんですよ。
完成度の高いフィギュアを見たときの感動、というものも確かに存在します。
じゃあフィギュアの完成度が低くなれば、
その分感動の度合いは減少してしまうかと言えば、そうはならないんですね。
リンクのfigma、ねんどろいど、UDF、amiibo2種類を一緒に飾っていましたが、
どれも好きだなと思うポイントが違っていますし、
おなじくらいの愛着を抱いていました。
amiiboよりも値段が数倍高いだけあって、
figmaとねんどろいどのリンクの出来は本当にすばらしいと思います。
だからといって、figmaやねんどろいどのほうがamiiboよりも
大きな感動をもたらしてくれるというわけではありません。
任天堂のキャラクターがもつ普遍的なパワーが
立体化したものに等しく宿っているからなのだと思います。
だからこそ、amiiboという商品は、クオリティの高さを第一に優先するのではなく、
手軽に揃えたくなるサイズと値段を考慮して製造されているのです。
普及した数を見るかぎり
amiiboの舵取りは、今のところ上手くいっていますよね。
◆ゲームの世界と現実の世界がまざりあって生まれる感動、そこに商機がある
たとえば、世の中の人は、
全員、「リアル3D」の中に生きてるんです。
だから、リアル3Dは、当然毎日見てるはずなんです。
でも、画面の中に3Dが映ると、
妙に不思議でうれしいんですよ。
3Dカメラで撮影するとき、
ファインダーとしての液晶の中には、
不思議な奥行きのある、3Dのものがある。
でも、その向こう側には、リアル3Dの本物があるんですよ。
なのに画面にある立体感が妙にうれしい。
これが、なぜなのか。
「社長が訊く」で岩田さんが、
3Dの不可思議な魅力について語ったときの言葉を引用してみました。
amiiboの文脈にあてはめて、言い換えてみましょう。
ゲームの中で自由に動かしていたゲームキャラが
立体化して(amiiboになって)ユーザーの生活空間にやってきました。
ゲームを遊ぶ上ですごく有利になるアイテムがもらえるわけでもないですし、
パーツを自由自在に動かせるわけでもないのですが、
多くのゲームファンに受け入れられました。
岩田さんの言葉を借りるなら、amiiboに対して
「妙にうれしい」という感情を抱いた人が少なからず存在した、
ということだと思います。
2015年度のE3の発表をみても分かるとおり、
最近の任天堂はamiiboに力を入れています。
あきらめずに3D機能を搭載した商品にチャレンジし続けたときのように、
なにか予感めいたものを抱いて、“執着”しているようだと感じませんか。
そして3DSとamiiboは、
現実世界と仮想世界の境界を曖昧にさせる、というコンセプトを内包しているのです。
これはただの偶然なのでしょうか?
3DSやamiiboが提示した可能性、
そこ探れば任天堂の進むべき道筋が浮かび上がってくるような気がしています。
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